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台湾のファンイベント「鬼滅之刃only」をレポート
7月11日昼前、台北にある台湾師範大学中正堂の周囲には、長い列ができていた。前日の気温は38度を上回り、立っているだけで汗が吹き出してくる。そんな猛暑ではあるが、新型コロナ対策として、行列に並ぶ人も整理するスタッフも皆、マスク姿だ。 ここは、台湾でも大人気『鬼滅の刃』ファンによるイベント会場だ。
「鬼狩奇譚~鬼滅之刃only」と題された2日間に渡るイベントは本来、4月開催が予定されていた。
4月というと、台湾も新型コロナの影響が色濃かった時期。日本同様、公共交通を利用する際にはマスク着用が義務づけられ、大型のイベントは次々と中止になった。その後、2ヵ月以上市中感染ゼロが続き、感染源は海外だと見極められたことなどがあって、6月に入るとイベントの開催が認められるようになった。そして下旬には、台北でようやく3000人規模のコンサートが再開したばかりだ。
今回は、会場に入れる客の人数は一度に300人までと決められている。体育館のような会場の、窓はすべて開けられ、かつカーテンを下ろした状態で、ほんのりとエアコンが効かせてある。会場内では時折、入退場に留意するようアナウンスされ、スタッフの苦労も一際だ。
このように台湾では今、市中感染がなくとも、丁寧な運営によって社会活動が維持されている。
口コミで広がった「鬼滅」の魅力
到着して、同作の主題歌や関連曲の流れる会場をゆっくりと回った。10代から30代くらいの女性がほとんどだ。男性は数えるほどしかいないため、かなり目立つ。
前方には、すべて違った作者が手がけた主要キャラの等身大パネルが立てられていた。パネルの前で写真を撮る人たちもいる。8列ある出店者用のスペースは、それぞれの作品が所狭しと並ぶ。出店数は全部で200。登場キャラにアレンジが加えられたイラスト類に同人誌、アクリルなどで加工されたキーホルダー、コスプレした実写の写真、あるいは、主人公がつけていた耳飾りなどアクセサリー…ひとつの作品がこれほどに多様な才能を開花させるのだ、と感じられた。
会場のオープン前から行列が始まったブースがあった。聞いてみると、その筋では有名な同人作家さんによる出店で、新刊が販売されたのだ。SNSで新刊情報は拡散され、ファンはその情報を元に買い求めていた。その告知が抜群に効いていたのだろう、箱から取り出された冊子は、行列の人の手に渡り、次々と売れていく。
新作を手にしていた1人に話を聞いた。季子さんは19歳の大学生。大学では日本語を専攻している。幼稚園から日本のアニメに触れ、これまでにたくさんの作品を見てきた。『鬼滅の刃』を知ったのは友達からの情報だったという。
「アニメを見ていた友達から、19話がすごくよかったと聞きました。ぜひ見てと勧められて、日本語版のコミックを読み始めました」
コミックを手にした理由は、アニメより先のストーリーがあるからだ。日本でも3日に発売されたばかりの最新刊を読んだか聞いてみると「まだです。台湾は日本よりも発売が少し遅いんです」と言う。
10月に日本では映画が公開されるようだと伝えると「台湾で公開されたら、友達と一緒に絶対に観に行きます」と少し興奮気味に答えてくれた。
多様なプラットフォームで作品を楽しめる
さて、台湾における『鬼滅の刃』第19話「ヒノカミ」の人気を見る前に、台湾の日本アニメ事情を振り返ってみたい。
台湾には、日本のアニメに触れられるチャンネルは多い。ケーブルテレビ、動画配信サイトにスマホアプリといったツールもさまざまあれば、アニメ専門のテレビ局もアプリもそれぞれに複数あるので、好みによって選ぶことができる。
ケーブルテレビでは、こち亀、ちびまる子ちゃん、スラムダンクにワンピースといったもはや古典ともいえる作品が今なお放送されているし、動画配信サイトはNetflixだけでなく中華圏発のサイトもかなりある。
アニメ『鬼滅の刃』が配信されたのは、台湾のアニメ専門の配信プラットフォームとして知られる「巴哈姆特動画瘋」(バハムートドンフゥアファン)のほか、愛奇藝、KKTV、friDay影音、LiTV 線上影視、LINE TV、東森電影台、愛爾達綜合台と多岐に渡る。
どれも基本的に版権を取得し、配信している。
愛奇藝は2010年にスタートした中国発の配信サイトだ。台湾は中国とは使用される漢字が異なることもあって、台湾で同社のサービスが開始されたのは2016年とやや後続だったが、翌年にはNetflixとも提携し、アニメだけでなく、映画、ドラマ、バラエティなど、さまざまなジャンルの映像を配信している。
広告がかなりのボリュームで入るが、VIP会員になると広告表示は消え、人気番組の最新回を優先的に見ることができる。中には非会員も見られる映像があって、筆者も時折チェックする。ただし、日本から見られるかどうかは、残念ながらまた別の話だ。
また、こうした配信サイトとは別に、いわゆる違法サイトも存在していた。「していた」と過去形なのは、今年に入ってから取り締まりが強化され、一気に姿を消したからだ。中にはまた新たに更新するサイトも出てきているというから、イタチごっこは繰り返されているといえそうだ。
台湾では1987年に戒厳令が解除されて以降、海外からの情報が大量に入るようになった。整備が遅れていた台湾の著作権意識が大きく変わったのは、1998年である。ここで国際ルールに則る形で関連法が制定された。
今では、コミックや書籍は、日本との間にきちんと著作権売買が成立したものだけが販売されている。ちなみに、筆者が台湾に暮らすようになったのは2013年だが、いわゆる海賊版はこの間、見たことがない。
台湾ファンの心を揺さぶった19話
同作アニメの19話「ヒノカミ」がターニングポイントになったというのは、どうやら台湾のファンの間では通説のようだ。「ヒノカミ」は、那田蜘蛛山編の最高潮ともいえる回。炭治郎と禰豆子の兄妹愛に涙した人も多いことだろう。
1995年に設立され、台湾で最大のコミュニティをもつネット掲示板「PTT」では神回と紹介されている。コメントを翻訳してみよう。
「作者が感動したって言ってた通りだね」
「この回を見て珍しく推薦しようという気になったんだけど、今の今までどう表現すればいいのか、ぴったりの言葉が見つからない」
「音楽を差し込むタイミングが絶妙」
「この回なら50回は見られる」
「見終わったら眠れなくなった」
…絶賛の嵐である。
イベントスタッフの1人、翔冰さんはこの日、鬼滅に登場するキャラクターに扮した姿で話を聞かせてくれた。
「私の場合は、アニメから見ました。去年の7月ごろだったと思います。そのあと、やっぱり続きが気になって、ネットでコミックも買いました。私が買ったのは中国語版です」
台湾には米Amazonは進出していないが、代わりに台湾版Amazonともいえる「博客来」がある。台湾の主に出版物のオンライン販売サイトとして知られる。
日本では、こうしたオンラインのECサイトで送付先となるのは客自身の自宅が主流だろう。しかし、台湾では自宅近くのコンビニであることが多い。そのため、日本のように再配達の問題は議論されることがない。もっというと、翌日やその日に配達ということがそもそも求められていない。
鬼滅の次にきそうな作品は?
前出の翔冰さんが、こうしたファンイベントに最初にかかわったのは17年も前になるという。いわばイベントのベテランだ。今年はこの鬼滅イベント以降、10月、そして来年の1月にもまた別のイベントを予定しているという。
「今回、誘われて参加したのですが、こうしたイベントのスタッフは、毎回、違うんです。決まった人たちでやっているわけではありません。新型コロナの影響で延期にはなりましたが、みんな数ヵ月かけてオリジナルの作品を準備し、今日を迎えています。今回は鬼滅を好きだという人たちが集まって、去年の8月から計画してきました」
だが、少し気になる話も耳にした。それは、鬼滅は過去の日本アニメのイベントほどの盛り上がりがない、というのだ。主宰スタッフである語扉さんは「今はアニメだけでなくゲームもあって、選択肢が広がっているからかもしれません」と語る。
台湾でアニメ好きなら利用しているとされるSNSに「Plurk」がある。ツイッターのようなイメージで、短いコメントを発信することができる。イベントの公式ファンブックでイラストを寄せた作者の名前には、PlurkのアカウントとFacebookのアカウントが掲載されていた。
Plurkの最大の特徴は、アプリを開いたトップ画面には、ハッシュタグの数が集計される仕組みで、ランキング上位になっている作品名が一瞥できること。つまり、作品の人気度はこれを見るとわかるのだが、鬼滅はこのところ、上位にないという。代わりに最近、伸びているのが任天堂のゲーム「あつまれ どうぶつの森」である。
筆者の周囲でも、それまで携帯ゲームで遊んでいた層がSwichを購入し、大画面で家族友人と遊ぶ人が出てきている。台湾での人気はすでに確実なものになっているといっていい。
とはいえ、今回の取材を通じて改めて認識したのは、コンテンツを楽しむ環境の豊かさだ。口コミを広げるSNSや購入を容易にするECサイトなど、情報の流通、物流のネットワークが存在し、ファンの活動を支えている。今後、どんな日本作品の人気が出るのか、注目したい。
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